DVD "MA/間: A Japanese Concept"
DVD "MA/間: A Japanese Concept" 4作品収録
新作の竜安寺の石が動き出す「MA: THE STONES HAVE MOVED」(間:石が動いた) (2004年)を加えて1975〜77年の「間(インターバルス)」以来30年の「間」のテー マによる集大成。


「間」という日本的なコンセプトに、私は必ずしもなじみがあったわけではない。極めてあいまいで、多くの応用が効くということでは、神秘的な言葉で、日本的と言えようが、むしろ扱いにくいというのが、正直な感想であった。それが1970年代に、映画における時間を考えるようになって、「間」というコンセプトに興味を持つようになった。映画における時間が時計の時間であるN+1であるよりもジ持続時間として考えられるからだ。ひとつのデュレーションであり、ベルグソン風に言えば、デュレーである。ここが私の出発点で、1973年に―未現像(黒い)のフィルムに1から60までの数字のみを1コマの上にスクラッチしてーそれぞれの数の持続時間を足して行って(例えば2を1+2を足して、時計時間の3秒目に、3を1+2+3を足して、時計時間の6秒目に,他すべては真っ黒)全部見るのに30分30秒かかる「1 TO 60 SECONDS」という映画も制作した。


「間」を巡る4っつの映画 (1)―美術、記録、アニメ、抽象、飯村隆彦


マ 右にスクロールさせて御覧下さい。








「MA (Intervals)」 1977年
22分 (10分Autoplay)、モノクロ/カラー、サウンド  

「MA (INTERVALS)」は、通常の分類を使えば、完全な抽象映画であり、ひとつの実験映画でもある。基本的なフィルム素材としては、クロミと呼ばれる完全に真っ黒の光を通さないフィィルムと、スヌケと呼ばれる全く透明のフィルムを使用している。これらの素材は1、2、3秒の各秒の長さによって計られた単位により編集されているが、クロミとスヌケの中央に、それぞれ縦に(クロミの場合は白、スヌケの場合は黒の)直線がスクラッチされたフィルムが加わり、画面としては、4種類のみで出来ている。いわば「間」の間隔を光(白)と闇(黒)とその間の直線から秒数に基ずき構成した。間という非合理な時空間に一定の時間/空間を与えることで、両者のインターバルとしての関係を試みた。(T.I.)






「間:竜安寺石庭の時/空間」 
1989年、16分、カラー、ニューヨーク・メトロポリタン美術館委嘱作品 テキスト: 磯崎新 音楽:小杉武久

「間:竜安寺石庭の時/空間」(MA: Space/Time in the Garden of Ryoan-ji)で、ニューヨーク のアート組織(THE PROGRAM FOR ART ON FILM)の委嘱により作られた。テキストに磯崎新、音楽に小杉竹久が加わった共同制作である。竜安寺石庭という古典的な造形を「間」をテーマに映画的に解釈したひとつの美術映画でもある。しかし、美術教育映画にありがちな「間」を映画によって説明するものではなく、この映画を見ることが、ひとつの「間」を体験するリアリゼーションを試みた。(T.I.)


「共同制作者として映像と同じ波長をもつ詩的言語を生み出せる芸術家と映像にほ とんど沈黙のようなこだまを返すことができる音楽家が選べれている。このような天 才たちの手にかかるなら失敗することはまずあるまい」 
―ダニエル・シャルル (フ ランスの哲学者、「ジョン・ケージ」著者)

パリ、ユネスコ国際美術映画祭「建築賞」受賞、ニューヨーク・メトロポリタン美術館、近代美術館、パリ・ルーブル美術館、ポンピドウ・センター、モントリオール国 際美術映画祭、日本映像学会、上映作品





「THE MAKING OF <MA> IN RYOAN-JI」
1989年、10分、カラー/白黒、サウンド

「The Making of <Ma> in Ryoan-ji」は単に、撮影過程を示すばかりではなく、それ自身でひとつの「間」を実現する作品になっていることだ。それは撮影スタッフと石庭との間の撮影行為の中に見い出されるだろう。例えば、くり返される移動車のシーンはその撮影されたシーンとともに提示されることで、「間」における「見る/見られる」関係を示している。(T.I.)

「撮影過程を示すばかりではなく、それ自身でひとつの<間>を実現する作品になっていることだ」
―飯村隆彦






MA: THE STONES HAVE MOVED」
2002年、10分、カラ−/白黒、サイレント  

「Ma: The Stones Have Moved」は石庭の映画をコンピュータ上で、イメージの輪郭をトレースしたアニメーションである。その結果、実写においては撮影者が移動したものが、アニメでは石が、線が動く結果となって、180度転換している。その動画は石の輪郭を一筆画のように一息でなぞったドローイングを連続して書き、それらを1秒毎にフェード・インとアウトをかけたもので、そのリズムが、息をしているように継続する。一筆画の息のリズムがドローイングのF.I/F.Oするパルスのなかに見出されるだろう。言い換えれば、まさに「山が動く」禅的なメディテーション。(T.I.)