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飯村隆彦:見ること/聞くこと/話すこと
マイケル・R.(マイク)・モッシャー
Leonardo Digital Reviews, 08, 2003, インターネット、MIT Press

飯村隆彦:OBSERVER/OBSERVEDとビデオ記号学の他の作品
マイク・レゲット
Leonardo Digital Reviews, 02, 2001, インターネット、MIT Press


"Seeing / Hearing / Speeking" (見ること / 聞くこと / 話すこと)

マイケル・R.(マイク)・モッシャ

 このDVDは日本のアーティスト飯村隆彦が、1/4世紀にわたって作ったビデオとテキストから出来た作品を集めたもので ある。その全てがひとつの文に基づいていて、その文は フランスの哲学者、ジャック・デリダの「声と現象、フッサ ールの記号理論に関する 他のエッセイ」から引用した「私は私が話すことを同時に 私自身聞く」という一文である。飯村 はこの文から数作品を創り出す刺激を得た。

 DVDを起動すると、観客は静止画による急速なサイクルのアトラクト・モー ドによ って見、音はバックにマルチトラックのスピーチにより、わけのわからないおしゃべりを聞く。

 視覚的には「私は見られていない」あるいは「私はあなたを見る」と読めるテ クスト によって中断され、これらの言葉の下の映像は青や、時に緑や赤っぽ い茶色などの二 色で出来ている。アーティストの眼鏡をかけた眼のガラスや 耳や顔全体が現われる。 クリックするとディスクのインターフェースが見 え、モノクロのビデオのスチルはエレガントでインタラクティブな教育的な 作品に予期される効果のある色要素をもっている。

 メニューの最初の選択は「Seeing」の作品で、飯村は「私はあなたを見る」と 熱弁し たあといくつからの関連した哲学的なテーマを説明する。そして、作 品の創造のプロ セスとカメラ1と2の位置が与えられて、あたかも観客がギャラリーのインスタレーシ ョンにおいて、ビデオを再構成するかのようだ。 「Hearing/Speaking」の作品では飯 村が「あなたはあなたが話している(聞 いている―訳注)ことを同時にあなた自身に 話す」と語り始める。ここで も、我々はギャラリーか美術館でのインスタレーションで指導するかのよう にふるまい、ひとつのモニターでは2番目の人物に指示する提案 を含んでい る。 これらの分解見取図に加えて、ディスクには三っつのビデオ作品と二つのテク ストを 含んでいる。「Talking to Myself」は1978年に撮影された7分のビデ オでデリダの 引用に内在する多様性をジャズ・ミュジッシャンが魅力的な音 楽的なフレーズを反復演奏するように飯村は発見している。

 飯村がその文に課するアルゴリズムはほとんどコンピュータによって生成され たもの のようで、2番目の人物が登場すると、新しい表現が発せられる。他の語りではア ーティストの頭の裏側が見えたり、ほとんど読めないテクスト にカメラがくり返しパー ンし、前後に振り回したりする。

 「Talking in New York」は1981年から2001年の間に作られ、ポータ・バック で撮影 された8分の作品、日本人ツーリストのニューヨーク旅行ビデオのよ うだ(多分、そ のジャンルから生まれたものだろう)。出発するフェリーや 公園の人々、チャイナ・ タウンなどのショットが現われ、飯村は異なった場 所と環境で、デリダの言葉のバリエーションを朗読する。暗い場所にシルエ ットになったり、マイクを50フィートも 離して、実験的な録音条件を試み たりする。

 「Talking to Myself at P.S.1」は1985年に制作され、ニューヨークのオルタ ナティ ブ・スペースでの「Talking to Myself」のビデオ・インスタレーショ ンの4分[11分]の記録で、友人によって撮影され、緑っぽい色のフッテージであ る。元の素材テープはあ るところでは早廻しされ、ギャラリーの観客―その中には明らかにミュジャン/プロデューサーの ブライ アン・イーノや亡くなった映画作家でフォークロリストのハリー・スミスも含む―は 大忙しになっている。

 DVD「Seeing/Hearing/Speaking」の二つのテキストの最初は「Talking to Myselfに ついて」で、飯村は記録されたスクリーン外部の音のビデオリアリテ ィや、唇の運動だ けによる「沈黙の声」(サイレント・ボイス)について議論する。その場合、観客はその文を自分で繰り返すことを知覚する。飯村が 「シンク・アウト・オブ・シンク」と 呼ぶ、スクリーン内の話者の視覚性と その人間の口から発せられる言葉との間の時間 的なづれの効果である。飯村 は「この作品の中で達成しようとすることは、ひとつの コミュニケーション (自身の中での送り手/受け手)で、機能によって区別されるが 知覚によっ て同一化するものである」と書く。 デリダの翻訳者のデビット・アリソンから飯村への1979年5月の会話風の手紙は飯村のプロジェクトを「ほとんど馬鹿げた野望で・・・その美しさは一種 の目のくらみで あり、反復実験や鏡面化、疑わしい迂回、半分忘れら れ、無視された停止、拘束、再確認と混乱である」とよんでいる。アリソン はさらにバッハの合唱曲「ゴール ドベルグ変奏曲」、アラン・レネの映画 「去年のマリエンバードで」、テリー・ライリーの「インC」などとの類似性を指摘している。

 熱心なアリソン氏が今、飯村隆彦のDVDのコピーを持っていることを願う。彼は哲学に加え、ミニマルの技術と映像が一貫した、コンパクトで巧みに集められた記録であり、一人のアーティストにとってデリダのもっとも自己啓示的な言葉との長い間の熱中の記録であるものを発見するだろう。
(飯村隆彦訳)

Leonardo Digital Reviews, 08, 2003, インターネット、MIT Press

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飯村隆彦:OBSERVER/OBSERVEDとビデオ記号学の他の作品

マイク・レゲット

 これらのCD-ROM による作品集は1975-1998年の期間の飯村の作品を扱っている。1999年のパリのジュ・デュ・ポムにおける回顧展のカタログ" Film et Video"と共に、両作品とも、飯村の芸術の重要な中心的な核をなすものだ。彼の映画作品は1963年のブラッセルの国際実験映画祭で最初に認められ、1960年代の終わりまでに、ビデオの制作を始め、1980年代には二つのメディアの間を容易に往来し、1990年代では、わずか一つのフィルムだが、32のビデオを完成した。  飯村が持続的に追求した存在論的なプロジェクトは1970年代のイギリスの「構造的/物質的」映画作家たちによって非常に賞賛され、マルコム・レ・グライスは1977年に出版した「抽象映画とその未来」で「われわれの知覚的、概念的なメカニズムの詳細にわたる検証がある」と書いた。飯村はこの傾向を現代的なプロジェクト、特に「Observer/Observed」のCD-ROMで継続している。

 CD-ROMという新しいメディアの何が飯村のより広いプロジェクトにとって有益なのだろうか?明らかに「見ること(Seeing)」を音や、言語や、言語学との関係で定義するために設けられた分析は、観客に集中する過程で参加する能力を与え、熟考や瞑想のための機会も提供したにちがいない。この作品はユーザーにその一部が画廊、レクチャ−室、カタログ、自動分析でもあるメディアをとして、自分のペースで使うことを許している。思慮深くデザインされた独創的なリンクは相互参照のマトリックスのなかで、ユーザーは容易に動き回ることができる。

 三つのオリジナルなビデオ―「Camera, Monitor, Frame」、「Observer/Observed」、「Observer/Observed/Observer」は、デジタル形式となって、オリジナル・ビデオ(それ自身、コレクターのアイテムである)の完全な複製を提供している。さらに、このバージョンは、それぞれの作品の記録に入り、アニメのあるダイアグラム(“ピクチャー・プラン”)、ストーリー・ボード(“プログラム”)、あるいは、記述された文章の間をナビゲートするオプションを伴って、さらに先へ進む。これらは飯村によって書かれ二つのエッセイ、「日本語の構造の視覚性」と「ビデオの記号学」の一つにリンクされている。それらは抜粋文か個別の作品として、完全な形で読むことができる。このような多様なしかも関連のある知識へのアクセスは、インターアクティブなマルチメディアの良き使用となるものである。

 認識の本質的な要素が遍在するビデオ/テレビジョンの映像に適用されると、主語("I")と目的語("You")の間の複雑なプレイ("see")が問われている。それはそれぞれの要素(イメージ/サウンド)がビデオの(閉回路の)システムとの関係で記録の瞬間のダイジェーシス(録画域)をシンボリカルに創造することで知覚(見られ/聞かれる)される。語られた記述("I--see--you")はそれらのベルトフ的な原則を、あたかも死の世界から生き返った者のように、超えるものであり、さらに英語と日本語の間の意味論的な違いを紹介する。その相違は主語と目的語の間に(英語では)置かれる述語によって作り出されるものだ。言語のテクノロジーにおける主語/エゴについての強調はビデオ・インストレーションとのカメラ/オペレーターの閉回路システムにおいて鏡面化されるが、問題となるところだ。 

  「Observer/Observed」のCD-ROMと同時に、もう一つのCD-ROM、「Interactive: A I U E O NN Six Features」 (インタ−アクティブ:あいうえおん六面相)、これも1993年のビデオ作品をベースに制作されている。この作品は、時間に基づく作品が提起している反映的なプロセスの拡張を、知的な非受動化以上に実際に積極的な参加を可能にしながら、提供している。他のアーティストたち(バリー・エキスポート、サイモン・ビッグス、ナイジェル・ヘルヤーなど)の作品も同じテクノロジーを使用しているが、これらは便利に検索し、鑑賞しうる形式のイメージとテキストを引き出すための、ほとんどがアーカイバルなプロジェクトだ。飯村の最近のプロジェクトは、初期の作品の精確さをインタ−アクティブなメディアのアクセスのしやすさと扱いやすさと結合しながら、はるかに先を行くものだ。

 ジュ・デュ・ポムの回顧展のカタログはこのアーティストについてのフランス/日本語文献への重要な付加であり、英語の読者にとっても、CD-ROMの有益な付属として、ダイアグラムとストーリ−ボードのハードコピーと非常に詳細な作家歴の資料を提供している。


CD-ROM 「オブザーバ/オブザーブドとビデオ記号学の他の作品」
Leonardo Digital Reviews, 02, 2001, インターネット、MIT Press

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