飯村隆彦インタービュウ  Dr. ダンカン・ホワイト

Dr. Duncan White An Interview for Takahiko iimura


ダンカン・ホワイト(DW):あなたの映画作品は常にイメージと言葉の間の関係についてのある介入に関わっていますが、ージョナス・メカスは初期の映画「Love」(AI)(1962)について、「映画詩」と呼んでいますーこのイメージと言葉の間の関係はあなたにとって、何故重要なのですか

飯村隆彦(TI):これついての私の答えは逸話的になります。私は高校時代に最初に詩に興味を持ちました。日本語の文字を使ってーダダの詩に似たー文字を視覚的にアレンジした視覚詩を書きました。

ご存知のように、日本語の漢字と呼ばれる活字は中国の記号に基ずく象形文字です。例えば最初の視覚詩に使われた「目」は頁の一番上に目の活字があり、この活字は直立した矩形に2本の線が中央で横切り、眼球を表しています。私の高校時代は非常に絶望的で、自殺について深刻に考えました。

しかし自分を殺す代わりに、この詩を書きました。頁の一番上に目の活字が立ってあり、その活字の下には何もない空白の空間があり、頁の一番下には,同じ活字が横たわっています。[これは一つの目が頁の一番上から飛び降り、地面で平に落ちていることを暗示します]。この文字はある意味で、日本語で別の4をも意味し、それは「C」と同じように[長音を除き]発音されます。この発音は音声的に「死」をも意味して、従って、この新しい形では「目」の「視覚音」は実際「死」を指します[同時に詩をも意味しますが]。私にとって、この詩は視覚と音声記号との結合であり、私の出発点でした。

大学を卒業してから、1960年代の初め、ネオダダとアクション・ペインティングに立ち会い、アートにおける当時の新しい流行に大変影響されました。処女作の「くず」(1962年)は当時のネオダダのジャンク・アートに影響されたものですが、しかし実験映画の伝統にある映画詩のひとつでした。

DW:「くず」を作った時、フィルムの材質や言葉による対象の素材的な置き換えに興味がありましたか

TI: ある程度までは。しかし私はより以上に私と対象(オブジェ)との関係において、どのようにそのシーンに参加し、必然的に私が含まれるかに興味がありました。私自身をもう一つのオブジェとして作品のなかに入れるかという問題でした。

DW:ということは、あなた自身がジャンクであり、ある意味ではジャンクとして撮影したということですか

TI: (笑い)ええ。ある方法で参加しようとしましたー丁度、海辺の少年たちが闘っていたように。したがって、映画は、参加の過程の一種の記録でした。これが私の映画における出発点です。

DW:あなたはネオダダとジャンク・アートが影響したと言われますが、その当時、他に影響を与えたものはありますか。あなたは詩とペインティングをとうして、映画に達したと言う。

TI: ええ。私はいくつかの抽象表現主義の絵画を描いたが、もっと先に行きたいと思いました。詩と絵画の結合を通じてもうひとつの視覚形式であるフィルムを発見しました。私の発見はそのメディアに参加することで、私自身を記録出来ました。これが実験映画への私の導入です。

但し、実験映画については、読むことが出来るだけでした。日本にはシネマテークがなかったので、1965年にパリのシネマテーク・フランセーズから大量の1920−30年代の前衛映画が来るまで私達には前衛映画を実際に見るアクセスがありませんた。

DW:あなたは当時どこに住んでいましたか

TI: 東京です。

DW:あなたの実験映画との最初の出会いは記事や本だった?

TI:それと小さな写真。

DW:テクストが一種の枠として常に重要だったことになりますかーこれは私の次の質問になります。我々が[映画で]読むテクストは不可視です。しかし必ずしも言葉を見ないわけではない。あなたは対象としての言葉に興味があるようです。聴衆に見せるよりも、言葉を可視化して読ませることにー読ませるとは「意識化」させることになりますか?

TI : 私はイメージを見ると同時に読むこと、両方に興味があります。私が作った初期の視覚詩はあとになって1967年に作った映画「ホワイト・カリグラフィ」に深く関係しています。あの映画で大変古い日本の神話[古事記、712年]をフィルムにコピーしました。

文字を一字毎に黒のフィルム(クロミ)の1コマに引っ掻いて書きました。これを映写すると,読むには早すぎて、一つの視覚効果になります。しかし同時に、このフィルムをどのように見るか学ぶと、一定の文字が繰り返し現れるので、「神」、「命」、「天」などの言葉は読むことが可能になります。この物語ではこれらの言葉は度々現れ、時間をかけて一層容易に読めます。実際、私の新しい「ホワイト・カリグラフィ」のヴァージョンでは音がついて、DVD上でスロー・スピードを使って、サウンド・トラックでは私の声が一定の文字を読んでいます。

この作品はこの夏、フランクフルトで初めて展示されます[ 「カメラなしのフィルム」展、SCHIRN KUNSTHALLE, フランクフルト, 2010, 6, 2-8,29].

DW: 英語で読みますか、それとも日本語で?

TI : 日本語で読みますが、というのは音声文字は日本語以外には何の意味もないからです。しかし、一定の単語は英語でも意味がありー「神」や「天」のようにー それらは英語に翻訳されます。したがって日本語の音声文字と英語に翻訳された言葉です。

DW:映画における言語間の交換には興味があります。したがってこの映画における読むことと見ることの間には強い関係があります。何故なら、読むことと見ることの間には,実際違いがなく、同じことだからですか

TI : ええ、前にいったように、これらの日本語の多くはオリジナルには、ピクチャーに基ずいています。したがって読むことと見ることは自然に結合して行い、文字を見る一つの見方になっています。

DW:イギリスの1960年代後期から70年代前期にかけての構造主義映画[実験映画の一つの傾向で,アメリカの批評家、P・アダムス・シトニイによって名ずけられた。]作家の多くのように、あなたも映画におけるイメージに抵抗(あるいは否定)しているように見えますが、それが、「ホワイト・カリグラフィ」におけるように、テクストに(反イメージの一種として)興味を持ったのですか

TI : 「ホワイト・カリグラフィ」は反イメージではありません。この場合、イメージも含まれますー絵画的なイメージばかりではなく、カリグラフィとしても。漢字がひとつの絵に基ずいており、これは象徴的な記号に基ずく英語とは全く異なっています。構造映画について言えば、私はそれが反イメージとも考えません。それらがよりミニマルなイメージであっても、依然としてイメージです。例えば、「フリッカー」(トニー・コンラッド、1966年)の上映の間、眼を閉じてもぼんやりしたイメージや、色さえも、まぶたをとうして見えます。

私はシャッター(1971年)という映画をつくりましたが、これは実際に1台の[フィルムのない]映写機のシャッターを正面から8コマから64コマまでの異なったカメラ・スピードで撮影し、同時にフェード・イン/アウトを行ったものです。その結果、中央で一つの眼の形をしたイメージがフェードにより、行ったり、来たりします。「フリッカー」と異なって、ポジとネガを交互に見せています。

私の他の作品の場合、「1秒から60秒まで」(1963年)では1から60までの数字が一定の間隔で跡ずけられ、したがって1, 2, 3, 4, 5, , , の数字がそれぞれのフレームに直接、クロミのフィルム上に書き込まれます。それぞれの数字の間はクロミです。上映が始まると、時間について大変意識的になり、この数字はそれぞれが秒数でー毎回一つずつ前回に対して加えられてー1、2、3の順序で進んでいきます。しかし、実際には数字の3は、最初から6秒ののち達します。何故なら123を足すと6が得られるから。したがって最初からの秒数と、個々の秒数の2重の持続のシステムが同時にあります。この暗がりに慣れると、個々の秒数の間の全体の空間と周囲の環境に気がつきます。完全な暗闇ながら、ある知覚が働いています。ジョン・ケージが完全な沈黙はないと言ったように、同じように完全な暗闇はありません。

DW:反イメージのアイデアについて言うと、イメージの否定はーピーター・ギダールイ[ギリスの構造映画作家]の作品に見られるようにー反再現性の映像に関わっています。あなたの作品も再現的な映像を使用せずに、何かを再現しようとすることで、同じような領域にあると思われます。「1から60秒まで」において、写真的な、あるいは再現的な映像を使わずに時間を再現する試みだからです。

TI:ええ。再現的なイメージ対イメージそれ自身との問題です。私が映画館で座って見るとき、ピクチャーとイメージを何かと区別しています。ピクチャーは再現的であり、イメージは非再現的な形式です。

DW:ピクチャーとイメージ作品の違いをどのように定義しますか

TI :再現のためには、一つのピクチャーのシリーズとなるものが必要で、このことは、ピクチャーの外側に見る人を位置ずけます。イメージの場合には(「1から60秒まで」のように)観客はその一部となることが出来ます。イメージは必ずしも見る人の外側にあるとは限らず、内側ーあなたにとってーになります。これが一つの可能な定義です。

DW: 先に進むと、日本語の文字の使用は、エイゼンシュタインの映画言語(彼の本、「フィルム・フォーム」における)における象形文字に関する考えを思い起こさせます(1)。これは「ホワイト・カリグラフィ」であなたが関わっていることですか 原註(1)エイゼンシュタイン:「二つの『象形文字』の結合はグラフィックには不可能な表意文字の再現を可能にする。水の絵と眼の絵の結合は涙することを意味し、門の絵の近くの耳は、「聞くこと」である。エイゼンシュタイン「フィルム・フォーム」30 [別々の象形文字が融合されてー表意文字(イデオグラム)が生まれた]

TI: 私は随分昔にエイゼンシュタインのモンタージュ理論と日本語の象形文字の例について読みました。彼は言葉をひとつの象徴的なイメージとして 捉え、一定の文字の結合によって、全く意味の異なる他の文字を作ることが可能であることを示しました。これは映画との関係で言葉の分析とモンタージュ理論を考えたものです。私の場合、「ホワイト・カリグラフィ」自身は 文字の分析ではなく、象徴的なイメージの読解とのちには(私の新作[White Calligraphy, Re-Read, 1967/2010] が示すように)言葉の実際の意味への介入にかかわるものです。したがって同時に見ることと読むことへの関心から、変わってきました。これは、映画の[上映]スピードに大変かかわるものです。最初は[読むには]早すぎたものが、慣れてくると一定の文字が読むことが出来ます。 このようにして、見ることと同時に読むことに関わっています。エイゼンシュタインの理論に関してはー私はかれのモンタージュについての考えには議論があります。かれの[象形]文字についての読解はそれぞれの文字を文脈から区別し、孤立化することで別の感覚や意味を与えることに基ずいています。これはサイレント映画に置いて、シークエンスにおける一連のイメージが別の意味を生むことに基ずき、私が映画記号学と呼ぶものの一部です。この映画記号学は物語映画に基ずき、私が関わるのは実験映画で,映画について物語によらない全くことなった読み方を要求します。したがって、映画記号学には満足できず、映画記号学とは異なる「ビデオ記号学」を作ることを試みました。これは孤立したイメージよりも、コンテクストに関わるものです。 日本語の映画を意味する文字どうりには「反映する絵」を意味する「映画」という言葉は、動く絵よりも、スクリーン上に反映するものとして、ピクチャーが如何に提出されるかの状態を強調します。このアイデアは,私が想像するに、映画が発明される以前にアジアに根ざした影絵芝居から来ていると思います。この芝居では観客はスクリーンのみを見て(但し、背後にも客席があって、観客は演技者とスクリ−んの両者を見れる)演者の影が物語のすべてを演じます。

DW: それはあなたの「 I am a Viewer / You are a Viewer 」(1981)[DVD,"PERFORMANCE/ MYSELF(Or Video Identity) "のなかの1作品]を思い起こさせ、あなたの影がスクリーン上にあって、あなたがスクリーンから外に動き出すと、ほとんど同じような位置をとるように観客を誘って、イメージの一部になります。

TI:この作品は影絵芝居を応用しながら、私が作者(パフォ−マ)であると同時に観客でもある[一人二役の]パフォ−マンスを作りました。したがって、作者(パフォ−マ)と観客の結合を試みたもので、その区別は役割ではなく、作業によるものです。

DW:あなたにとって、フィルムでは不可能なことが、ビデオでは可能になったこととは何でしょうか

TI: フィルムによってよりも、ビデオによって、アイデンティティについてのアイデアを探求できました。何故なら、ビデオで私自身に結門し、新しい方法で私自身が参加する道を開きました。それはビデオ・ダイアリーの形式ではなく、「主題としての私」をパーソナリティとしてではなく、ひつのモデルとして使いました。しばしば、「私」と「あなた」の関係を使います。ロラン・バルトが言うように、「あなたはあなた自身を決してイメージとして以外には見れない唯一つの存在」です。(クローズ・アップのサイト、飯村とのインタビュー記事でのダミアン・サンビルによるリード文から引用 [file:///Users/iimuratakahiko/Desktop/Interviews/InterviewCloseUP.php.html] バルトはまた「読むことについて」こうもいう。「私と書く私は、あなたによって読まれる私と同じではない」。読者としての私と、筆者としての私の違いについてふたつの異なったアイデンティティについて述べたものです。 これはつぎのように言うこともできでしょう。 「私と言う私はあなたによって聞かれる私と同じではない」 これは、わたしがジャック・デリダの文から直接引用したビデオとかかわります。その文は、「私が話すことを、私は同時に私自身聞きます」。

DW:そのビデオは私とあなたの間の変換を研究するひとつの方法でしょうか。

TI: 私の[ビデオ・インスタレーション]作品「As I See You You See Me 」(私があなたをみるように、あなたは私を見ます)(1990)ではモニター・スクリーン上に「I」と「YOU」のこれら二つの代名詞を貼付けました。これら二つのモニターの間を「私はあなたを見るように、あなたは私を見ます」を読み上げながら、行ったり、来たりしました。私はI とYOUの間、時には二つが結合し、時には分かれて、You は主語にもなり、時に目的語になって、英語のYouは主語と目的語が同じで、2重の機能を持っています。

DW:したがってその作品ではあなたは二つの位置の間で、仲介者のようになります。あたかも、あなたは消えてしまったかのように見えながら、大変顕在しています。私はインスタレーションとフォーマンスを結合するのに興味があり、あなたはいると同時に不在で、この I とYOUの間に介在しながら、誰がいて、誰が不在か、そしてその間の関係は何かははっきりしないわけです。

TI: 私のもうひとつの関心は言語ー英語と日本語ーの間の違いで、ー私は同時に双方を使いながらー時には二つを結合して、言語,日本語と英語、の文章構造の違いからー対象に対して異なった関係があります。私が先程の文を日本語でよむと、 I とYOUはしばしば、パラレルに置かれー述語によって介在されません。さらにしばしば、主語を, その主語が何であれ、使いません。単に対象を名ずけるだけでそれが対象となり、話者による対象としての同一性により、対象は定義されます。エイゼンシュテインに関連すると、彼は日本語のこれらの関係には何ら考慮していません。

DW: [日本語の構造は]まるで、モンタージュとはある意味、反対に見えます。ひとつのことが前後して作られるモタージュよりも、物事が同時性の結合で存在しています。[モンタージュは]日本語の文章構造とはたいへん異なっています。それは象形文字の性格から来ているのでしょうかーイメージとしての言葉がー言語を如何に話すかに影響しているのでしょうか

TI:いや、直接的には関係ないでしょう。日本語で、封建時代には I と YOU は、それほど違いはありませんでしたー単に接頭語あるいは敬語[「主」は「私」を意味し、「お主」は「あなた」を意味しました] そして,その[上下関係などの]用法が違いを意味しました。したがって日本語は単語に基ずく言語であるよりも、文脈に基ずく言語です。

DW:あなたのビデオ・インスタレ−ション[例えば、「As I See You You See Me」(1990)]では、コンテクストと言語の間のこの関係を用いていますか

TI :ええ、ある意味で。その[パフォーマンスの]ビデオでは、[壁に書かれた]英語との関係で、私は日本語と英語で交互に話し、それぞれスーパーインポーズされて例えば英語は日本語と同じ順序でフレームの下に訳されます。したがって文法的にはおかしな訳になります。"AS I See You You See Me "は日本語の訳ではその順序は"I You See As You Me See"になります。目的語は主語のあと直ちにつずき、動詞は最後に来ます。先述したように、日本語では、しばしば主語が省かれ、したがって文が主語なしに、目的語のみで成立し、目的語が最初にきて、動詞(あるいは述語)が次に従います。私はこの順序はビデオの画面(ショット)が一般的に示すものに近いことを発見しました。ビデオでは、主語が明示されなければ、確認されず、対象のみが見えます。一度カメラが設定されると、ビデオは対象がオペレータなしに、最も典型的には監視カメラで見られるように、示されます。私はビデオ・ショットはクリスチャン・メッツが映画記号学で主張するような,一つの(完全な)文[に相当するもの]ではなく、主語のない文だと思います。これが私のビデオ記号学における議論のひとつです。(詳しくは以下を参照ください:"A Semiology of Video," Takahiko iimura, The collected writings of Takahiko iimura, Wildside Press, USA, 1996, pp.127-162.)

DW:私にとって興味のあることの一つは、劇場映画ではスクリーン上の言語はひとつのタブーとして,トーキー以来考えられてきたことです。サウンドが発明されて以来、スクリーンの上に言語は必要なくなりました。映画はそれ自身、言語ー視覚言語となりました。しかしあなたの作品や同様に他のアーティストの作品では、言語とイメージは結合され、イメージと言語の間に新しい関係を作り出しています。これは劇場映画のコンテクストにおいて、映画に意味が「書き込まれる」方法を問い質す戦術なのか、あるいはあなたが映画とヴィデオにおける新しい言語を見いだす試みなのでしょうか

TI: 現代の映画における言語について議論するまえに、東洋において、絵と言葉の一緒になった絵画の長い歴史があり、特に巻物、それは大昔の映画 芸術でした。それらの巻物では、絵画と言葉はパラレルに,隣り合わせにあり、絵本とは違い、一方が他方を支えるものではありません。また、劇場映画においてさえも、外国映画については、自分の言語が、画面の下に書かれています。私が1960年代に東京の「アート・シネマ」に行った頃、普通のことでした。現代の映画について、特に実験映画について、「映画は言語になった、ー視覚言語に」に同意します。しかし、ポスト・モダニスト映画では、もしそのように分類出来るとすれば、言語はもはや排除すべきものではなく、包摂するものになりました。それは1976年で、私はヴィデオ記号学を紙の上ではなく、ヴィデオによって制作することを考えました。そのために書かれた言語のみならず、話された言語を、イメージとパラレルに扱う必要がありました。したがって"Observer/Observed" は言語の三つのメディアが共存し互いに干渉します。そして、それぞれのメディアは異なった次元で働きます。イメージはそのシーンを表面上で認めるのが最も早く、次にシンボライズした記号で関係性を書かれた文字で知覚し、最後に構造を充分に記述する話された言葉でした。ヴィデオによるヴィデオ記号学を理解するには、この種のマルチメディアが必要でした。のちに、CD-Rom「Observer/Observed and Other Works of Video Semiology」(1999)を発刊し、マルチメディアによるインタラクティブな操作を実現しました。

DW: あなたの作品は当時の他の構造的な映画から、際立っています。あなたはポスト構造主義との直接的な交信に発展したことからもーデリダと同様にロラン・バルトともあなたの考えの重要な部分を演じているように見えます。私は他のウィリアム・ラーベン[イギリスの構造映画作家]のような構造的な映画作家たちに、構造映画と構造主義との関係ついて聞きましたがーいつも否定されました。

TI: ええ分かります。構造映画と文学の構造主義には直接の関係はありません。私はしたがって、それらを関係ずけることは必ずしも試みずに、ポスト構造主義の理論に、それらのテクストを使って、私自身が参加出来るビデオに特に興味をもちました。 私は「声と現象」のデリダの考えを探求することを選びました。その中で、デリダは「私が話すことを、同時に私自身聞く」という。私はこれらの言葉をスタジオの中や、公衆の前でも読んだリ、文字どうり発声することに興味がありました。そのテクストの文面とテクストの聴覚上の出会いにも向き合って、デリダに興味をもつことになったのです。そして、オーディオの使用と話すことと聞くこと(さらに見ることも)の違いにも。しかし、これはテクスト自身のコンテクストで行うことを欲しました。彼のテクストを使って、話すことと聞くことのアイデアを行い、さらに、記録しながらテクストを言うことで、私自身を作品の中に入れました。ーそしてこの領域での私の探求ですが、それは、映画やヴィデオ・アートの歴史ではほおとんど探求されて来ませんでした。

DW: あなたのより最近の作品について聞きたいのですが、メディアについてあなたの関係が時間をへてどのように変わったかー例えば、Seeing /Hearing/Speakingの2002年のバージョンでどうでしょうか

TI: デリダの言う'聞くこと'と'話すこと'に'見ること'を含めて拡張して、三つの知覚を結合しました。見ることは聞くことと話すことの二つの知覚のように、話す時には同時に起こるものではない。見ることは聞くこととは独立した知覚です。それでも、聞くことと見ることに関して、「見る私」という時 にはー見ることと見られることを意識します。これが、聞くこと、話すことにどのように関係するか興味がありました。これは私が自身の現象学と呼ぶもので、聞くこと、話すことに平行して見ることを含めました。

DW:それはデリダが無視したー視覚ですか

TI : ええ、デリダは語りと聴覚のみに関わりました。私は彼の文をエンドレスの文に修正しました。I hear myself at the same time that I speak to myself at the same time…' (私が話すことを同時に私自身聞くことは、私が聞くことを同時に私自身に話すこと。。。)など永久に[繰り返す]。これはしたがって、聞くことと話すことの間を行ったり、来たりします。それは同時性のサイクルを行うもう一つの方法です。'見ること'に関しては、聞くこと/話すことの文を,「見ること」「見られる」ことの能動態と受動態に適用しました。すなわち:「私は見られると同時に私自身を見る」。イメージでは、この文を話す私の顔、能動/受動の両者を示すモニターには,私として話す私、私自身が話すのを見る私、それは一つのイメージとして、もう一人の自身によっても見られる。ここでは自身に話すことは、視覚行為として、見ることへの橋になります。そして、私は聞くこと/話すことのサイクルに関係し、三つの知覚を結合します。聞くこと、或は沈黙の語りのみの場合では、視覚的な行為ではないので、結合することはできません。

DW: あなたはこれらの繰り返しや変化形に興味があるようですー言語を一つの原理のセットや言語の変化形に転化します。繰り返しの多様性のある文を取り上げ、異なった方法で再構成し、そこに一つの論理を組み立て、言説の論理を演じきって、その最終形態にたどり着いています。

TI : あなたは言語について話していますが、すべての繰り返しや変化形は,言語のみではなく、イメージを伴っています。

DW : あなたの作品におけるアイデンティティの考えと日本の芸術の影響についてお聞きしたい。ヴィデオをとうしてアイデンティティを探求する興味は日本からアメリカやヨーロッパで生活する者としての経験によって影響されましたか。そのような文化的経験はヴィデオによるアイデンティティの探求に影響しましたか

TI : 私の日本の文化や東洋への文化への興味は、一つの矛盾に基ずいており、テクストへの私の態度にもたしかに表れています。私の初期のヴィデオ作品の「DOUBLE PORTRAIT」(1973-87)のなかに「I AM TAKAHIKO IIMURA/I AM NOT TAKAHIKO IIMURA」という言葉を繰り返し発声し,イメージでは私の顔、正面、他に同じように「YOU ARE T.I. /YOU ARE NOT T.I.」の発声では側面、「HE IS T.I./HE IS NOT T.I.」では背面という風に巡回します。肯定と否定を同時に巡回することで矛盾と同時に輪廻の思想を現しています。それはこのような輪廻と矛盾を含んでいる仏教と禅の伝統に大変に負うものです。一つは自己否定ですが、その言葉を聞くもう一人の私自身が自己否定を重ねることで、作品の外側にいる観客の私は両者の2重否定によって、否定の否定が肯定に転じて、観客の私は生き残ります。この矛盾に生きることは何か他の自分を発見する方法です。あるいは、ルネ・マグリットの「これはパイプではない」(1928-29年)の絵画の古典的な例が示すように、言葉だけが否定を作ることが出来ます。あるいはもう一つの古典的な場合、陰と陽のサークルにおいて、白い半分には黒の点があり、黒の半分には白い点があります。これはポジティブにネガティブを含み、ネガティブにポジティブを含む二重構造によって、ひとつの全体の円を作っています、私の映画、「1秒間24コマ」(1975-1978)は始め、1秒の黒に1コマの白いフレームを、1秒の白に1コマの黒いフレームから出来て、1/24,これが毎回、1コマ毎に双方ともに増えて 、 24/24,1秒に達しますー(フィルムの現像がそうであるように)ポジティブとネガティブを同時に扱い、最後に、ポジティブがネガティブに、ネガティブがポジティブに反転します。これらの運動ではポジティブとネガティブは時間の表と裏であってー時間によって対局にあったものが入れ替わります。

ダンカン・ホワイト博士(Dr. Duncan White)はロンドン芸術大学、セントラル聖マーティン・アート&デザイン校、芸術博士)

飯村隆彦が英語より翻訳(2010年7月)

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