飯村隆彦のフィルムとビデオ

ブルーノ・ディ・マリーノ

イメージの不在
 『パラレル』 (1974年)は、飯村のフィルム作品のひとつで、[スコット・]マクドナルドが近著の中で指摘しているように「ミニマリズム」の時期の作品に数えられている。この作品では2本の垂直線が対比されている。撮影された線とフィルムに直接スクラッチされた線、フレームの内側に書かれた線とフレームの枠をこえた線、はっきりと明確に見える線となかば消えかかった線、化学的―機械的に―光を反射する現実の映像と物質的で絶対的なパラダイムとである。『トーキング・ピクチャー (フィルムを見ることの構造)』 では、プロジェクターのフレームを囲むカメラのフレームが自在に操つられている。つまり、飯村は、[レンズの]光学的な動き(ズームインあるいはアウト)による間隙的でダイナミックな構築物である<デカドラージュ>をつくりだしているのである。1921年、ハンス・リヒターは、長方形を使って空間を組織し、時間に秩序を与えた。1981年、飯村は、再現という概念を分散させるために長方形を用いた。フレームはもはやイメージ(主題であれ対象であれ)をあらわすものではなく、イメージの不在をあらわすものとなった。

 飯村の2本の直線、あるいは観客の目には、生成したり消えたり見える2つのフレームは、彼のフィルムアートに近づくための絶好のメタファといえよう。実際、彼のアートはつねに、身体的なものと抽象的なものの間、そして東洋的な感受性を通して作り直された歴史的シュールレアリズムと飯村が文化的に近いと感じているアメリカの<アンダーグラウンド>時代の主要な成果であるストラクチュアリズムの間、それら2つの極でバランスを保っている。パフォーマンス・アート、映像、ミニマリズム、ビデオ、テープ、フィルム、ビデオ・インスタレーションを用いて、飯村は、実験的な方法で取り込めるものはなんでも取り込んで、たえまなく実験をこころみてきた。それは、アバンギャルドの代表的アーティストとして確立してきた自分のスタイルを放棄したかのようにさえみえる。彼が多様な状況を通りぬけ、多岐にわたる技術を利用してきたことは、第一人者の地位を確立したり、技術的革新者と言われることではないが、最初はフィルム、次にビデオによる彼の作品が、非常に異なる時代と文化を結びつける実験のひとつの集大成を表している。

 身体/抽象という対は、1962年の『Ai 』 (『Love』という英語タイトルで知られている)で既にはじまっている。マクドナルドが、[ウイリアム・]マースと[メアリー・]メンケンによる『人体の地図』(Geography of the Body)と関連づけているのは的確で、細部だけを使い、身体を抽象的風景に変容させている。<フルクサス>やコンセプチュアリズムとの関連性も明らかで、オノ・ヨーコがサウンドトラックを提供している。(1) 神経質に絡まっている身体、眼、指、口、髪、歯、乳首などの粒子の粗い細部を見ている人は、見分けることへの不安と同時に、認識できない深奥さに当惑し、混乱する。この不確かさの中で、エロテイックなイメージとポルノのイメージとの境界をあばいている。2つの身体は性交を演じているのか、実際行っているのかは、わたしたちが見ているイメージを前にしては、わからないし、決してわかることはないだろう。

 身体の不可解さは、飯村のよく知られている作品のひとつ『リリパット王国舞踏会』(1964年)でもくり返される。解読の難しさは、極端なクローズアップによるのではなく、さまざまな日常のできごとや行為が、その本来の文脈から切り離されることで生じる全体的な逸脱によるものである。それらできごとや行為は、なんども繰り返され、スピードを落とし、意味や活力を奪われ(たばこの火を消す、階段をのぼる、自分の背中を掻くなど)、故意にへたくそなパフォーマンスが混ぜられている。バックに流れる朝の[ラジオ]体操の日本人のかけ声の残響が、作品に潜在的にあるアイロニックなトーンを増している。


時間と持続
  フォーマリズムと抽象を手がけるようになってからの飯村は、撮影した映像、あるいはカメラなしで作ったイメージの多様なプロセスの検証を行っている。たとえば、フィルムの上に日本文字を直接ひっかいて書き(『ホワイト・カリグラフィー』)、霧に隠れた風景を撮り(『キリ』)、スクリーン上に異なる映写機のスピードで投影したイメージをやはり異なるカメラのスピードで再撮影し(『フィルム・ストリップス1&2』)、正確な数学的等式に従って交互に代る黒みと白みのフレームを操作する(『1秒24コマ』))などがそうだ。
最後にあげた作品については、露出時間に従ったフレーム数の増減をベースとする[露出時間によるものではなく、黒みと白みフィルムの編集による]飯村作品の構成と[ピータ・]クーベルカの『アーヌルフ・ライナー』や[トニ−・]コンラッドの『フリッカー』の構成との関係が見えてくる。なぜなら、それらは時間/持続と知覚についてのディスコースを作り出そうとしているからだ。
『モデルス』、『+&ー』、『1秒間24コマ』などのように、飯村のいくつかのフィルムの図表は、フィルム・ストリップスと同様に、時間からとり出して、映画上映とは別に展示することができる。それらは、白と黒、空白と満ちた空間、調和と休止、足し算と引き算、時間と反時間、持続と反持続のスコアなのだ。そして、映画を、空間的、時間的に読んだり、理解したりできる「エクスパンデッド」アートにする。フィルム・ストリップスはダイアグラム、それもつかの間の上映で光となり跡を残す電子心電図になる。

 これらのフィルムは、フレームのコマの間の休止(正確に規則化した編集において)の対比と関係のラジカルな調査に基づいており、『ホワイト・カリグラフィー』(1967年)のような構造主義的なフィルムは、フィルムの流動性を利用し、映画的空間の中に文字を刻みつつ、無限に分割を促す。実際、フィルムの垂直性は、日本の<かけもの>とよばれる巻きものに容易に結びつく。フィルムのそれぞれのコマは、<古事記>[飯村の使用したテキスト]の文字に呼応する。当然、フィルムの流れる速度によって、文字は判読できなくなり、飯村の<レタリング>が正にもたらすもので、意味を失う中で、再度そのイメージの抽象的意味づけに貢献する。そして、このフィルムは、ひとつの音楽的スコア(何回かの短い休止符、つまりクロミのコマの切れ目によって短く中断された通奏低音)のように考えられる。


反映するイメージ
   日本語で「シネマ」という単語は「eiga(映画)」、文字どうり「映しだされたイメージ」を意味するということに言及して、飯村は、観客を映画の再現のパラダイムに直面させる。彼の多くの映画(『フィルム・ストリップスI&II』、『コスミック・ブッダ』[『ブッダ・アゲイン』 に改題 ]、『イン・ザ・リバー』)は、編集機のビュアーやスクリーンに映写されたイメージを再撮影して制作された。これらの映像は、映写され、再撮影される変わりやすい速度によって、イマジスムから抽象に移行しているがほぼ識別できる。『シャッター』では、飯村はフィルムではなく、映写機の光線だけを再撮影し、完全な抽象化をすすめている。映しだされたイメージから生まれるイメージの前にわたしたちはいるのであり、実在の無効へのプロセスに立ち合っている。重要なのは、ある視覚の状態から他の状態への変化する過程、フィルムのひとつの構造から他の構造へ、ひとつのイメージの粒子から他への移動なのだ。移動は映写と再撮影の異なった速度間で生じる関係とふたつの操作(映写―撮影―映写)の逆転によって、ますます激しくなる。2つの過程は、対象の境界をあいまいにするある種のたえまない「錬金術的伝播」を表わしている。

 飯村にとって、他の多くの実験映画作家にとってと同じように、作品はフィルムのテキストや、 スクリーンの枠に制限されるものではなく、イメージを投映するプロセス全体を含む。なぜなら、映画の機械的装置のベールを取ることで、フィルムは、もはや先在する現実の再現ではなく、映しだされたイメージの提示となる。飯村のフィルムインスタレーションでは、イメージ<の>反映と、イメージ<についての>反映が一つになる。 「反映」 訳註(1) という概念はイメージの性質を見直すだけではなく、イメージ自身を前にしての、最初ににアーティスト、次に観客の態度に関わる。

 フィルム・ストリップスと映写機、そして、時間からとり出された作品と他方時間の流れの中に置かれた機械、それらを明確に分けることで、反映は生じる。16mm映写機の光、言いかえればフレームの枠の中に純粋な光によって再現された映画のゼロ度は、フィルム・ストリップスが壁に水平に展示され、それ自身がひとつのフィルム・インスタレーションになるように、それ自身の生命を与えられる。(すでに述べたように、[ピーター・]クーベルカも『アーヌルフ・ライナー』で同様な方法を実践している。)


“見る”と“見られる”
  飯村のインスタレーションは― 彼のフィルム作品を分けたのと同じように―2つのタイプに分けることができる。 ひとつは、まさに構造主義的なインスタレーション(フィルムというメディアにより実現されている)、そして、もうひとつは、人あるいは、人の像を含むインスタレーション(たいてい、電子的メディアにより実現されている)である。それぞれのメディアの特性は別にして、飯村のフィルムとビデオインスタレーションは ― 特に70年、80年代に実現された2番目のタイプのインスタレーション―ほとんど、見ることをめぐる複雑な体験について焦点を当てている。ビデオ/映画の機械は、よりよく見るため、もっと遠くを見るため、すべてを見るための道具である(飯村が彼の論文、「ビデオの記号学」の中で、ヴェルトフの<映画眼>の理論に詳しく言及しているのは偶然ではない)。「未来派的」なパターンによれば観客は、行為の中心に置かれ、映写機の光、あるいはビデオカメラの電子的眼を通して、見ること、見られることを求められる。2人の観客がその行為に巻き込まれた時、彼らは、それぞれの視線と自分自身と相手の見ることの体験を相互に交換する。 [飯村の]映画とビデオはそれぞれの環境の形式において、フィルムのテーマの中ですでに述べた、イメージ<の>、イメージ<についての>「反映」の思考をさらに展開している。

 『ダビング・セッション』では、壁に投映された顔の映写イメージは、もう1台の映写機の光にさらされた観客[パフォーマー]の体[頭]の影と並んでいる。『ビデオ・トーキング:背から背へ』、『私があなたを見るようにあなたは私を見る』のようなビデオ・インスタレーションでは、観客は、直接ではなく、正面にあるモニターを通してコミュニケーションする。観客それぞれは、彼/彼女が見ている人のイメージか対話者のイメージかを選んで伝送することができる。

 この継続した対称的な映しだされたイメージの比較によって(それが、投映された、あるいは伝送されたものでも)、言語の交換、テレビカメラとモニターを通した視線の交差が、最初に、映画と電子的イメージの存在論に関する深い考察を、二番目に、見ることの空間の再考を、最後に見ている主体の二重性―見る者であると同時に見られる者であるという―を提示している。ビデオテープ『オブザーバ/オブザーブド』(1976年)、『カメラ、モニター、フレーム』(1976年)、『オブザーバ/オブザーブド/オブザーバ』(1976年)で構成される3部作は真実のビデオ記号学にむかって、系統的にディスコースを展開しいる。

 [飯村の]ビデオインスタレーションは、観客の身体の存在をかならずしも前提としていない。ローマの日本文化会館の会場で展示されている作品のひとつ『TV For TV』は、人物を除外し、2台のモニターの画面が、それぞれのイメージと視線を直接交わしている。


時空間概念と記号
   近年の飯村の美学は、本質的には変わっていないように見える。彼のフィルム作品は、ビデオ作品やビデオインスタレーションと同様に、身体/景色、再現/抽象、時間と空間の論理について転回している。フィルム作品『間:竜安寺石庭の時/空間』(1989年)とインスタレーション―単一のテープ作品としても上映される ―『あいうえおん六面相』 (1993年)の二つの再近作は、その最良の例である。前者は― 日本の文化に見られる空間と時間の概念上の統合で、飯村の他のフィルム作品ですでに提示されている間の概念に関する研究の継続で、 京都の禅寺、竜安寺の庭で撮影されている。この作品は、スコット・マクドナルドがまさに注意を促しているように、単なるドキュメンタリーではない。磯崎の詩を伴って、飯村は、フィルムの構造における空間と時間をさらに探究し、フレームの「圧力」と、具象的、自然で、同時に精神的でもある空間の「圧力」、その間の正確な浸透を発見している。構造主義的フィルムと同じように、岩の空間的な配置が、風景の休止符を形にしている視覚的スコアと向き合っているのだ。原註(2) カメラの横に移動する動き(移動カメラ)、対象に近づく動き(ズーム)は、禅の庭園の散策を理想的に再構築し、見ることの体験を文字どおり「測りながら」、それを瞑想体験に変えていく。

 一方、『あいうえおん六面相』は、『リリパット王国舞踏会』のシュールで、楽しませるイメージに近く、全く別の種類の作品だ。ひとりの男の顔が―怒り、苦痛、驚きの表情で関連する音を発声しながら―何色かの地に描かている(英語と日本語のアルファベットによる)5つの母音[と「ん」]に続いて現れ、モルフィングの効果[実際にはシステムGを使用]によりデフォルメされる。『リリパット王国舞踏会』で見られるように、この作品でも書かれた記号(アルファベットの文字/母音)、連続的なイベント(日常の行動/電子的しかめ面)、音、それらの間に関連がある。シークエンスは、記号とそれに対応する発音の関係を狂わせながら何度も繰り返される。テープとは異なり、インスタレーションでは、文字と音のシークエンスは分解され、5[6] 台のモニターに、一定のずれを伴って映される。それぞれのスクリーンは、常に、他のスクリーンに映されているものとは異なる母音を映す。ひとつの比例と循環は、「数学的」フィルムに似てなくはない。『リリパット王国舞踏会』に見られるような、遊びに満ちたアイロニーは、抽象化と物質、禅の精神とテクノロジー、 見ることの極限の倹約性と複雑なメカニズム、そのバランスの中で飯村のアートにおける概念的重厚さをうすめ、軽くしている。
(安田和代/訳)


原註
(1) 何年か後に、オノ・ヨーコは『The Fly』で、身体を探究した重要な作品を作った。30分にわたってベッドに寝ている裸の女性の体に飛び回る蠅を撮影した。
(2) エイゼンシュタインは確かに飯村の映画を評価しただろう。中国と日本のアートについて触れながら、「Neravnodusnaja priroda」のエッセイの中で、風景の音楽性を分析している。

訳註
(1)「反映」(Reflection)は、飯村が自作の初期の作品に関して「Reflected Cinema」(映画:映し出された絵画)と呼んだエッセイから由来している。

(Takahiko Iimura 「From <Time> to <See you>」より。日本文化会館(ローマ)とディアゴナーレ画廊(ローマ)刊、1997年)

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