No.3 2002/11



■はじめてのソウルでの上映/講演

ソウルのイルジュ・アート・ハウスでのゴルバン・アート・フィルム・フェスティバルに飯村隆彦の「60年代の実験映画」のプログラムが組まれ、11月8-10日の3日間、はじめてソウルで上映と講演を行ないます。
プログラムは「くず」(1962)、「Ai(Love)」(1962)、「視姦について」(1962)、「リリパット王国舞踏会」(1964)、「フラワーズ」(1968-69)など5作品、60年代を代表するフィルムです。
ゴルバン・アート・フィルム・フェスティバルは韓国ソウルで実験映画を紹介する映画祭で、最近の日本の実験映画、日本のアート・アニメーションなどのプログラムが上映されます。
映画祭のキューレーターはチョン・サン・ヨンさん、日本大学大学院の映画科に通う実験映画の研究者で、「ゴルバン」は小部屋という意味だそうです。

イルジュ・アート・ハウス 

■ISEA(名古屋)で展示

アジアではじめて開かれる国際電子芸術会議(ISEA)が名古屋で10月27日-31日の間開催され、飯村は新作のDVD「Seeing/Hearing/Speaking」を展示しました。

このDVDはフランスの哲学者、ジャック・デリダの言葉を引用して、1978年以来制作した4つのビデオ作品をひとつのDVDにまとめたもので、4半世紀をかけて制作した文字どおりライフ・ワーク。この作品を見たフランスの哲学者で、名著「ジョン・ケージ」の著書でもあるダニエル・シャルルは「私はDVDの<見ること/聞くこと/話すこと>を非常に愉しんだが、これは真実、傑作だと思う。何故なら、このDVDをとうしてデリダの思想との関係の理論的、知的な面を捉えることが出来るばかりではなく、自分のアイデンティティの(デリダ用語を使えば)<脱構築>の「めまい」(アリソンが云う)、すなわち抽象ではなく、感覚、前、あるいは原ー理論的な理解と生活、デリダの意味での<相違>や<差延>の直感を捉えることが出来るからだ。」と語っています。

また、同時にISEAの中で同時に開催された「初期日本のビデオ・アート」展には飯村の「Camera, Monitor, Frame」(1976)が連日上映されました。
展示には、ギャラリーサージと三菱電機のご協力をいただきました。

ISEA002002(名古屋) 

■札幌でフィルム・パフォーマンス

札幌のプラハで10月12-13日、「Vision-Reset アヴァンギャルド映画の原点とフィルム媒体から」が開催され、飯村のフィルム・パフォーマンスが「フィルム・アンデパンダンと日本の実験映画運動の始め」のプログラムで久しぶりに行なわれました。

このプログラムでは、日本の実験映画の原点のひとつである、1964年に新宿紀伊国屋で開かれた「フィルム・アンデパンダン」展の十数本の2分あまりのアンデパンダンフィルムの40年ぶりの再上映とともに、飯村の「くず」(1962)、「ホワイト・カリグラフィ」(1967)の8ミリ映写機を使ったパフォーマンスが参考上映として行なわれました。前者は8ミリ映写機固有のデバイス(スロー廻転、逆回転、停止、フレームずれ、ソフト・フォーカスなど)を使って、後者は映写機を抱えて、会場内を動き回って、壁、天井、観客等に上映され、満員の会場をわかせました。また、映像作家の末岡一郎さん、札幌在住の映像作家伊藤隆介さんと飯村のアーティスト・トークでは会場との活発な質疑応答が行なわれました。

今回の「Vision-Reset」はアート・コーディネータの安田和代さんとプラハ・プロジェクトの企画で、若手のアーティストが中心となった「Vision-Reset」実行委員会の手により、もと内科の病院の建物ですばらしい庭をもつプラハを会場に開催されました。プログラムも上記の他に「1920-30年代のアバンギャルド・フィルム」「造形的時間-実験映画の新たな潮流」「フィルムとイマージュ Support/Surfaces du Film」の上映とトーク、本企画の協力者でもある映像作家の末岡一郎さんによる8ミリの自家現像のワークショップも含むバラエティーにとむものでした。

プラハプロジェクト 


■サンフランシスコで「1秒間24コマ」

サンフランシスコの対岸バークレイのカリフォルニア大学、バークレイ校の中にあるパシフィック・フィルム・アーカイブで10月29日、「カリキュレーティッド・シネマ」(計算された映画)のプログラムで、飯村のフィルム「1秒間24コマ」が選ばれ、また、同時に制作されたシナリオのスコアも展示されました。
このプログラム、ほとんどが数学的に計算されたフィルムが多く、上記作品も1秒を24に分割された単位の運動が音とともに見え聞くものです。


■60年代のナイカ・シネマテークのこと

芸術関係のユニークなミニコミ誌として知られる「あいだ」81号(9月20日号)に連載中の宮田有香さんの「内科だった、画廊だった---」に「飯村隆彦さん」として、60年代初期の内科画廊でのナイカ・シネマテークでの上映のことが書かれています。ナイカ・シネマテークは初めて8ミリによる個展を行ない、その中で最近40年ぶりに再演したフィルム・パフォーマンスを最初に行なったところ。宮田さんも「(飯村さんは)・・・そして映像をイヴェントにしなおすことを思いついた。当日、音楽家の刀根康尚さんにスコアーを作ってきてもらい、それに合わせて映写機の回転速度を変化させたり、ただ普通に壁に映像を映すのではなく天井に床にも映した。・・・」と書いています。
宮田有香さんは、亡くなった内科画廊主、宮田国男の娘さん。

■アフガン復興支援祭に参加

神楽坂のツインスターズで9月29日に行なわれたアフガニスタン復興支援のためのフェスティバルに特別プログラムとして「飯村隆彦 with Yoko for Peace」のタイトルでオノ・ヨーコのフィルム「フリーダム」(1970)を加えて、飯村の映画プログラムが上映されました。ヨーコのア−ト展のドキュメンタリー「Yoko Ono: This is not Here」(1972)、60年代のニューヨークのイーストビレッジの実験的なドキュメンタリー「Summer Happenings, U.S.A」(1967)など、記録的な作品を100インチ大のスクリーンに迫力のある映像とともにアフガニスタン支援の一翼をにないました。


No.1 | No.2 | No.3 | N0.4 | No.5 | No.6 | No.7